昭和44年10月26日    豊美嬢の園遊会での親先生のご挨拶 ★

(末尾 約1分切れ)


  
 教祖様の御教えの中にも、「まずわが身におかげを受けて」と、仰ってます。また、「わが身におかげを受けたことを、人に実意丁寧に伝えていくのが、神へのお礼ぞ。」とも教えておられます。
 はなはだおかしな話しでございますけれども、私が、自分の娘でございます、豊美のことをお話申しましては、普通からゆうたら、おかしいことでございますけれども、おかげを受けておりますことを、皆さんに聞いて頂いて、私のご挨拶にかえたいと思うのでございます。
 昨夜、もう皆さんが御用を頂かれまして、それぞれお帰りになりましたのが、12時もうすぎてからでございましたでしょうか。それから、また、今日お茶の席がもうけられるというので、豊美たち兄弟二人で、客室の方でいろいろと準備をいたしておりました。とうとう、もう1時半もまわりました。私、お風呂へ、頂いて、家内に、お風呂をはよ頂いて、早くやすまにゃ、もう明日がまた早いから、というて、家内を呼びますけれども、家内がいないのです。もう、全館電気が消えてしまって、あっちこっちまわるけど、おりませんもん。
 それで、もうお広前に出てこうと思うて出てまいりましたら、ここの、今、衣装を飾ってございます、あそこは私の、控えを樂室に使ってあります。あそこへ、小さい電気が一つつきますが、その小さい電気の下で、家内が一人で、こうやって、衣装を見ておる、っというわけでもないのに、ただ、つくねんと座っておるような感じでした。あたくしは、もう胸を突かれる思いがいたしました。もう、それこそ、はっとしました。
 どうしてこのようなことができてきたであろうかと、家内が、思いめぐらしておるのであろうと思いました。家内の心の中に去来するもの、それは、あたくしどもが、ここ20年間、ご信心のおかげを頂いて、だんだんおかげを頂いてまいりましたこと。また、この人が、この豊美が、北京産でございます。あたし共が北京におります時に、あちらで、できました子供でございますが、生誕は、大変賑やかな、恵まれた、あたくし共が、ただ、それこそ、もう、勝った、勝ったという、時代でございますから、もう大変な勢いの中に、この世に生を受けまして、おかげを受けましたが、さきほど、秋永先生が、お話を申しておりましたように、こちらに引き上げてまいりまして、そのかた、というものは、皆さんもご承知の通りのような、国家事情の中に、おかげを頂いてまいりました。
 さきほど、秋永先生が一言申しましておりましたが、あたくし共は、福岡の長浜町で修行させて頂いておりました。豊美が、大名小学校へまいります。まあ、今でもそうですけども、やはり当時から、名門校で知られておりましたが、近くでございます関係で、あちらにおかげを頂きました。そのいでたちたるや、下駄はあたくしが、拾うてまいりました下駄でございました。私あの、福岡市内を、朝の御祈念が終わりますと、福岡の荒戸の教会からずーと帰ってまいりますときに、もう、道にいくらも落ちてるんですね。不思議なくらいに落ちてるんです。それを、ひらって、たくさんひらってまいりますと、そんなに、一足落ちとるようなことはありませんから、半分づつぐらいにこう、よう、合うのがあるんです。それを家内が、手作りの鼻緒をたてまして、そして、豊美に履かせました。
 雨の降る日は、傘が無いからと言うて、学校に通われないといったようなこともございました。勝彦と、豊美はその当時、燃料を絶対買わない修行でございましたから、もう、福岡で焚き物をひらって歩くというのはおかしいですけれども、長浜町という所は、船着場ですから、結構、二人でひらいますと、石炭とか、焚き物なんかは、二人でひろうてまいりました。
 ね、そういう、時代のことから、今日このように、それこそ下にもおいて頂かんで、すむほどしのおかげを頂いておる20年、このかたのことを、おそらくは家内が、あれこれと思いめぐらせておるのであろうと。私は思いましてね、私の方が胸があつうなりました。
ようも、ようも、このようなおかげを受けられたもんだと。まあ、豪華絢爛とまではいかないにいたしましても、もう、それこそどのいってん、どの一つでも、皆さんの思いと真心がこもったものばかり。もちろんこれは、私の手続きであります、親先生のお取次ぎの働きはゆうに及ばす。ですけれども、私は思うのです。やっぱり、修行をさせて頂くということが、信心には付き物と仰せられますから、皆さんが信心におかげが付き物のように申しますけれども、決してそうじゃありません。信心には、修行が付き物。そして、お徳がつくのであり、そして、おかげがつくという、順序のものでなからなければいけないということでございます。
 皆さんも、ご承知でございましょうか、昨日着物を飾っておりますときに、皆さんご承知だと思います。真っ黒い生地に青い絣の着物を、この人がもうそれこそ、市松人形じゃないですけれども、着たっきりのもう、教会、親教会にお参りするのもそれでした。お茶のけいこに行くのもそれでした。もう、それこそ、あたくし共夫婦は、終戦このかた、布一寸買いませんというのが、神様に対する祈願でもあり誓いでもございましたから、あたくし共がもう、それこそ20年このかた、履物一足、米一粒、布一寸こうておりません。ですから、これは私共どこまでも夫婦のことでございますけれども、それをやはり子供たちもかんなろうて、いって、もう、特に豊美などは、あの着物が欲しいの、この反物はいいなと、まだゆうたことがありませんでした。
 ですから、ご覧のようにあそこに、たくさんお洋服がでけております。着物がでけておりますけれども、みんな手を通さないものばかりでございます。その間には、ご信者さん方から色々と、お供えを頂きましたようなものを、身につけさせて頂きましたけれども、もうかわんぞと決めさせて頂く修行の中からです、私は、今日このようなおかげを頂いたことであることを確信いたします。確かに、修行におかげがつきものである。いわば、おかげをですね、あたくし共のおかげ話を聞いて頂いて、ご挨拶にするということはおかしいですけれども、やはり、これが神へのお礼だと教祖様が仰って下さるのでございますから、同時にまた、つらつら思います。どうしたならばです、ただ、ようやくここに、教会の看板を上げまして、2年でございます。
 このような田んぼの真ん中、いわいる、田園教会のいわば娘がです、まあ、道で言うなら都であります所のご本部、御霊地に、しかも、金光教で言うても、名門中の私は名門であると思うのです。古川家のご長男に、縁がありました時のことなどを思いますと、もうそれこそ、ただただ、もう不思議というよりも、ただ、有り難いということの一語につきます。ご承知でもございましょうけれども、古川家は、古川八百蔵、教祖様の奥様の、お里でございます。そのお里に、教祖様の一番下のこの様という方がご縁につかれました。それで、古川八百蔵様の、血と、教祖様のお血が流れておるのが、古川家でございます。
 御造営中に、この人に縁談があっちこっちからございました。またもう27にもなってまいりますから、親としましても、やはり気をもまんわけにはまいりませんけれども、神様にお願いをさせて頂きますと、ね、「売れそこのうたからというて、気をもむな」と神様が仰せられました。「売れのそこのうたからというて、気をもむな。買いそこのうた者がおる。お繰り合わせを願え」。これは商売人に対するところのお言葉のようですけれども、決してそうではありません。27までも、8までもいかんと、もう結局売れそこなわせんかと思うて、親が気がきじゃありません。けれども、その気が気じゃないということがおかげにならんのです。必ず買いそこのうたものがある。問題はお繰り合わせをいただきゃいいのだと。
 この人がまいります、古川威智雄という、あちらの長男でございます。弟さんは、大学在学中にあちらで結婚をされました。それから、すぐ下の妹様は、2、3年前、いわいる金光家にご縁につかれました。いわいる、5代様。いわいる今の金光様のご長男でございます。してみると、今度は金光様とご兄弟の間柄にならせて頂くのでございます。どんなに考えても、考えてもです、昨夜も私、家内二人もう、2時半すぎましてから、休ませて頂くのにです、どんなに考えても、どこを見ても、どこを考えても、神様のおかげと頂かなければおられない。いわいる、神愛の中におかげの中に、こうしておかげを頂いておるということが、もう、遅いから休もうじゃないかと言いながら、やっぱり、有り難いことじゃ。どうしてこのようなことになってきたかというて、これは豊美のことだけではございません。すべてのことが、おかげ。
 昨夜も、この終わり、ここの飾りつけが終わりました時に、秋永信徒会長が、申しておりました。「親先生、どげんこげんゆうても、どんなにゆうても、確かに合楽はたいしたことですばい」っち。「今日も一日、朝から御用こう、させて、頂かせてもろうて、その神様のタイミングの素晴らしさというかもう、あれといえばここに、これといえばあれに、もうそれこそ、置いた物をとるように、お天気だけの上のことではない。このようなおかげを頂いて、一日御用を頂き終わって、実感させて頂くことは、ま、なんと神様の働きの素晴らしいことであろうか。どんなに、へとへとにお使いまわしを頂いても、これだから、有り難い。これだから、信心がやめられない。というような実感の中に、今日も一日おかげを頂いた」というようなことを申しております。
 まさしくそうです。ですから、そのようなおかげの中に、あたくし共がおかげを頂いてまいりました。
 ★先日、昨日の朝でございました。そこに、合楽食堂という食堂がございます。ここが、始まりますちょっと前頃から、熱心にあちらのおかみさんが参ってまいります。毎朝参ってきます。もう、一日は何回も参ってくることがあります。おかげを頂きまして、ああしてご普請がでけた。万事にも子供達の上にも、親達の上にも、もう大変な広大なおかげを受けた方なんです。だんだんこの頃は神様から色々とお知らせを頂くようになった。昨日の朝もね、お知らせを頂いて、もうたっくさんの人が集まっておる中に、はっきり見えるのが、豊美さんでしたと。その豊美さんがですね、もう一生懸命におにぎりを頂いておられるところでございましたと。それを私がね、右にまわり、左にまわり、後ろにまわり、前にまわってその豊美さんがおにぎりを食べておられるのを、ま、なんと素晴らしいいただき方じゃろうかというてこうやって、見てよったと、お夢の中で。先生どげなんことでしょうかと言うて、昨日ここへお届けになりました。
 あたし共が昨夜から家内とお話しいたしますように、どんなに考えても、どこから見ても、どう考えても、おかげと言わなければおられないという、おかげの中に、ね、私はおにぎり、ままになるということは、ままになるおかげということだと思うんです。確かに売れそこのうておったんでございますけれども、確かに、その只今申しますように、弟さんが先に行かれた、妹さんがいかれたというようなことになったものですから、ご長男が結局、あちらも買いそこのうたわけ。とうとう30になるまで嫁さん、もらわなかった。ここには売れそこのうた27にもなるとがおって。どうでしょう。売れそこのうた者が買いそこのうた者とこの出会うときの、あたくしは神様の喜びというか、有り難さとか、よう辛抱してまっておってくれたと。私はこのようなおかげが誰の上にもあると思うのです。
 はあ、写真を配り散らかしといてから、あたくしの娘ばっち、まるっきりこう、大売出しのごとしてからゆう人がありますけども、あれは不自然です。そのような、おかげを頂いてまいりまして、今、中村さんが頂かれたように、どこから見ても、神様のおかげといわなければおられないというおかげの花が、今日、このような形で、咲いたような感じがいたします。
 もちろん、これは、花でございますから、あだ花に終わらしてはならない。これからの、信心が必要であることはもちろんでございます。私は今日、青年会の方が、記念に、「先生一筆書いて下さい。豊美さんに、差し上げるから」というて、ここにもってまいりました。それで私は、このように書いて渡しました。「真」という字を大きく書きました。そして、「真とは、お礼をいう心」と書きました。真とは、お礼をいう心。何か、しかもその真という心、そのお礼を言う心というのは、人間だれしもが持っておる心なのです。自分の、何かを頂いたら、有り難いなあー、有り難うございますというて、御礼を申しますでしょ。その、お礼を言うその心が、真なのだ。キリスト教で、愛を説くなら、仏教で慈悲を説くなら、金光教の信心は、真を説く、説くと言うてもいいでしょう。それは、真とは、人間だれしもが持っておるものである。それは、お礼を言う心なのだ。そこから信心が始まる。
 ね、そして次にこう書きました。「お礼を言う心」「その心を育てることが信心だ」と書きました。有り難うございますという、お礼を言う心が真。ところがその真がです、あっと言うまに消えてなくなります。せっかく真の芽が出たのを、もう何か無残につみとられてしまいます。花も咲かず、実も実らせずに、真を中絶してしまうわけでございます。信心とは、その誰しもが持っておるその真を、信心の教えに基づき、道に基づき、実意丁寧にこれを育てていこうというのが信心なのでございます。真とは、お礼を言う心。その心を育てていくのが、信心だということになります。
 私は、豊美に、願わせて頂くことは、それでございます。お礼を言う心。このようなおかげを頂いて勿体無いというその心を、いよいよね、都合のいいときだけは、誰でもそれを有り難いと思うのですけれども、自分に都合の悪い、ぶの悪い時には、それを枯らかしてしまいます。それを、ほんとの神の心というか、神愛を悟らせてもらい、神の思いをわからせてもろうて、どのようなことの中、いや、むしろその苦い思いをすること、嫌な思いをすることそのことが、却って、その真が育たして頂くのでありますから、ここんところを皆さんがね、こりゃ、皆さんだけ、豊美に言いたいのです。それを育てていくことを、これからの古川家での信心にしてまいりますならばです、古川家がいよいよ、万々歳ということになりましょう。合楽も、影ながら、バック、バックというとおかしいですけれども、私がおる限り、ま、そういう気がするのでございます。
 豊美さん、どんなことがあってもええ。なんでもお父さんにもってこいと。そのかわり、合楽で頂いた信心を、御霊地、御本部で、現していかなければならんのだと。というようなことをまあ、豊美に申したいのでございます。同時に皆さんにもです、やはりわかって頂きたいのでございます。ただ、ねごうたことが成就する、そんなことではない。それこそ、夢にもおもわなかったことが成就するということ。それが、私は信心のおかげというのではなかろうか。しかもそのおかげというのは、必ず、求められるものはしよう?である。しよう?に信心の力がつく。それに、頂けるところのおかげは、もう、無尽蔵、無限大